グラスから溢れるビールにロマンを感じた
金曜の夜、僕たち夫婦は晩酌をする。
まず必ずと言っていいくらいだ。
金曜だけはお互い出来るだけ仕事を早く切り上げ、1週間待ちわびた晩酌の準備に取り掛かる。
ただこの日に限ってはなかなかに仕事が忙しく、気づけばもう21時過ぎ・・・
急いでLINEの通知を確認するも、妻からの連絡はまだない。
この時間にも連絡が来ていないということは、妻も同じ状況だということ。
まだ会社のパソコンは切っていないし、そっちにチャットをしてみる。
こんなことができるのも同じ会社だからこそだ。
「n」
会社のパソコンにプライベートのチャットをするときはいつ誰が見ているか分からなし、チャットできる状態かをまず確認するために意味のないメッセージを送る。
すると、
「おつ」
こんな返信が来る。
「あとどれくらい?」
「半には上がる」
「おk、迎え行くわ」
「ありがとー」
この日、妻は出社していたが、僕は在宅勤務。
チャットをものの30秒くらいで済ませ、僕は車を出した。
・・・
会社に着くとちょうど出てきた妻が先に待っていた。
車に乗るやいなや
「はぁ〜・・・」
と、どちらからともなくため息をつく。
これも一つのコミュニケーションだ。
普段なら
「今日どうする?」
と嬉々として晩酌の相談をするのだが、こんな時間では飲食店は愚かスーパーさえ開いていない。
聞くまでもなく家の近くのコンビニへ向かう。
・・・
セブンかファミマか、いつも悩むところだが、結局いつも安定を求めて馴染みのあるセブンに行き着く。
会社員らしい選択だ。
適当なつまみと酒を選んでさっさと会計すればいいものを、この時間ではお互いほとんど思考が停止している。
お互い昼休憩もそこそこに、午後から一滴足りとも水分を入れていない。
言うまでもなく喉はカラカラ、脳みそまで乾いていそうな状態だ。
コンビニだってこんな時間ではろくに商品も残っていない、選択肢も数えるほどしか残されていないのに、こうなるとなかなか決まらないのだ。
疲れ切った様子の夫婦はあーでもないこーでもないとぶつくさ言いながら、20分近く店内で悩んだ末、結局買うのは適当なビールといつものレモンサワー、つまみはほとんど最後に残った野菜スティックとフライドチキン。
いつもなら大好きなクラフトビールと生ハム、燻製チーズにメインで何か食べるところだが、この時間のコンビニではせいぜいこれが関の山だった。
・・・
帰宅するやいなや、適当にテーブルを片付けてお互い自分のグラスを用意する。
安い酒でもグラスに注いで飲む。
お店感を出すちょっとした工夫だ。
それと我が家では各々で手酌する。
どちらも同じ身だ、そんなことに気を遣ったりはしない。
この日をよほど待ちわびていたのか、僕は出したグラスと惰性で選んだ缶ビールを、ダイニングに浮かぶ暖色のペンダントライトにかざすようにもち、
そのままグラスにビールを注いだ。
グラスの容量は350ml、缶ビール1本がぴったり入るサイズだが、泡を作れば溢れてしまう。
だが今日はどうかしていたのかそのまま注ぎきり、できた泡の分のビールが少し、グラスから指を伝ってテーブルに落ちた。
その溢れたビールが落ち着くまでその様子をじっと見つめてから、
「こーゆーの、なんかよくない・・・?」
こんなことを自信満々な顔で聞いてみると、
妻は呆れているようにも笑っているようにも見える表情でティッシュを2,3枚取りつつ、
自分もレモンサワーが注がれたグラスを持ち、1週間を労う乾杯の合図をするのであった。
・・・
なんやこれ。